「おばあちゃま、壊れちゃったの?」。
小学生だった次男が言ったという。妻とともに認知症の義母を介護した生島ヒロシさん。仕事は独立直後でいばらの道、子供は反抗期と公私ともに困難な40代後半、介護の日々は突然始まった。穏やかに子供に戻り、それに気付かない義母を支える一家の「出口の見えないトンネル」の8年間。その支えになったのは-。(文 牛田久美)
きっかけは義父からの“SOS”。(当時88歳だった)義母はひざを痛め、会計事務所の父に「つめ切り、取って」「すぐ来て」とよく電話していました。1時間に何度も、ときには10分間に何度も。忙しい3月の決算期、義父も座骨神経痛を患い、おまけに風邪をこじらせ、立ちゆかなくなったのです。
同じ東京のわが家でしばらく引き受けると、義母は耳が遠いからか、大声で妻を呼ぶ。夜中も「う~ん、足が痛い」。その都度、妻は起きてさする。少し眠ったと思うとトイレで起こされる。妻が義母を背負うと、「落とさないでよ、落ちる、死ぬぅ」。
それでも寝不足の目をこすって頑張りましたが、義母も在宅介護を望んで、戻っていった。それから、岡山に嫁いだ義姉と妻が交代で実家へ通う日々となりました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091222-00000504-san-soci
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